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メガネの歴史
メガネの歴史
レンズの始まりは紀元前3世紀
レンズのはじまり紀元前3世紀だそうですが、現存する最古のレンズは、紀元前700年頃のニネヴェ(現在のイラク北方、アッシリアの古都)の遺跡から発見されていまして、このレンズは研磨された水晶の平凸レンズだそうです。
用途は太陽熱を集めるためのもので、視力を助けるためのものではなかったそうです。
また、紀元1世紀頃の記録に、古代ローマの皇帝ネロが、闘技場で剣闘士たちの闘いを観戦するのにエメラルドのレンズを用いていたということが記されています。
ネロがそのレンズを用いた目的は視力を補うためではなく、眩しい光線から目を守るためであったといわれています。
メガネが開発されたのは13世紀ごろ
レンズを使うと視力が助けられる可能性を最初に発表したのは、アラビアの数学者であり、物理学者、天文学者でもあったアルハーゼンです。それからどんどんメガネに対する開発が進みます。
メガネを掛けはじめたのは、13世紀の終わり。
メガネが使われだしたのはイタリアらしいということです。
そのときのメガネは老視用の凸レンズのメガネだったそうです。
使用方法としては、物を見るときは、手でメガネを持つか、鼻の上にのせて使用するものでした。
レンズの素材の移り変わり
レンズの材料は、ガラスのほかに、水晶や緑柱石といった結構高価な素材も使用されてたらしいです。
レンズの作り方としては材料のガラスや水晶などをを手で磨いて凸レンズにして、それを鉄や真鋳、動物の骨、皮、木などで作った枠(フレ-ム)にはめて作っていました。
その後、イタリア半島のヴェネチア共和国では、透き通った美しいガラスが多く作られるようになりました。
今日でもヴェネチアガラスは有名ですよね♪
(1306年2月23日水曜日朝にフィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェーラ教会において行われた説教の中で、修道士フラ・ジョルダーノ・ディ・リヴァルトが眼鏡について触れ 「この20年以内の発明である」「発明者と話をしたことがある」と述べている)
そうして、ヴェネチアガラスは、メガネにはなくてはならない物になったのです。
メガネの普及と製造分業
そして、15世紀ごろ、ガラス職人が片手間にメガネを作ったり、また、一人が1つのメガネを初めから終わりまで作るのをやめました。つまり、メガネ専門のガラスを作る人、ガラスをレンズの形に切って磨く人、枠を作りレンズをはめる人、というように分けて作る“分業”になったそうです。
凹レンズのはじまりは1525年、イタリアの有名な画家ラファエロがかいた『法王レオ10世』の法王の持っているメガネが光の反射具合から見ると近視用の凹レンズなので、このころから近視メガネが広まったのではないかといわれています。
ラファエロ作「法王レオ10世」肖像画
つる付メガネは16世紀ごろから
そして、現在のようなつるつきのメガネのはじまりは、
1500年代に、皮にレンズをはめて、頭の後ろで結ぶ形のメガネができました。
これがつるつきメガネの先祖だという事です。
遠近両用の開発
1760年ごろ、アメリカの政治家のベンジャミン・フランクリンは、凹レンズと凸レンズを合わせて1つのメガネにはめ込みました。遠くも近くもよく見える二重焦点メガネ(遠近両用)を考え出したのです。
1793年に乱視という目の故障を発見したのは、イギリスの有名な医学者・物理学者のトーマス・ヤングです。
色々なメガネの開発
19世紀になると、鼻に挟んで使用するパンスヌと呼ばれる鼻眼鏡(吉田茂元首相が使用)。
ヨーロッパの貴婦人たちが愛用したローネットと呼ばれる長柄手持ち式の眼鏡。などさまざまなメガネが登場します。また、用途に合わせたメガネも作られるようになります。
ちなみにレンズという言葉の語源は「レンズ豆」から来ているそうですよ。
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日本におけるメガネの歴史初めて日本に渡ったメガネ
メガネを日本に初めて伝えたのは、1549年に日本に渡って来た有名なキリスト教の宣教師フランシスコ・ザビエルだそうです。
現山口県の大名・大内義隆に贈ったメガネが日本最古のものと考えられています。
室町幕府12代将軍・足利義晴が所持していたという眼鏡が残っており、一部には現存する日本最古の眼鏡ではないかという説もあるそうです。また、あの徳川家康が使ったという眼鏡が静岡県・久能山東照宮にあります。
家康の眼鏡
参考資料 越中哲也著「長崎のべっ甲」
鼈甲組合 「長崎べっ甲物語
日本のメガネ製造の始まり
日本で最初にメガネが作られたのは江戸時代。
水晶のかざり玉を作っていた職人が、見よう見真似で水晶を磨きレンズを作って商売をはじめたようです。
明治になり、政府の勅命を受けた朝倉松五郎という人物がヨーロッパでメガネ作りを勉強し、 新しい機械と技術を日本に持ち帰りました。
ちなみに、鼻あてを作ったのは日本人です。東洋人は鼻が低いので、開発したそうです。